ふらっと思いつきで一人旅をします。 日帰りもあれば泊まりもあります。 神社仏閣大好きです。
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2009.07.02
茅の輪の画像を前回の記事に追記しました。


茅の輪の写真を撮りに行く時瀬戸川に
鴨を見つけました。
ちょっと嬉しいです。
子鴨がいたのですが大きくなったみたいです。
深川神社由来1


カメもいました。
深川神社由来2

瀬戸川の水はとても汚かったのですが
最近は排水などがきちんとされて
魚が住めるようになってきました。
喜ばしいことです。

少し汚く見えるのは雨が降った後で
粘土混じりの水が流れているせいです。


深川神社の御祭神は
天之忍穂耳命
天之菩卑能命
天津日子根命
活津日子根命
能野久須毘売命
多紀理毘売命
多岐都比売命
市寸嶋比売命

天照大神と素戔男尊との間で交わされた誓約で生まれた五男三女神。
この八柱の神様を祭る神社は「八王子」の名前で数多くあるそうです。
ここも、かつて八王子社と呼ばれていた事があるようです。


ホームページより
「深川神社境内には、石室の中心が約4メートル四方の横穴式円墳がある。この古墳からの発掘物は現存していないが、石積みの方法から6世紀頃のものと推定されている。古墳の存在は、この場所が辺り一帯を治める長をお祀りしていた「聖域」であったことを示している。また、この地区は良質な陶土に恵まれていることから、土器等を作って生活する集団の中心的な場所であったと言われている。

奈良時代、ここ尾張は、時の政権大和朝廷との繋がりを保つため、宝亀2年(771)に朝廷・藤原氏縁の天津神(あまつかみ=天に住む神々)をこの地に勧請(神仏を分霊して祭ること)、創建した。これが、延喜式(えんぎしき=延喜5年、藤原時平ほか11名の委員によって編纂された古代法典)に記されている深川天神の始まりである。このため、この地にあった国津神(くにつかみ=地に住む神々)は追いやられ、天津神が崇められるようになった。」


かつてどういう神様が祀られていたのかもう分かりませんが
土着の神様が廃止されて、中央の神様が祀られるようなことは
よくあったことみたいです。

一の鳥居のところにいる狛馬さんです。
かなり写実的です。
深川神社由来4


二の鳥居のところの狛犬さんです。
茅の輪を飾るため、阿形のほうだけ別の日に撮影しました。
晴れていたためちょっと感じが違ってしまいました。
深川神社由来5


拝殿前の狛犬さんです。
ニコニコです。
深川神社由来6


ホームページによると
「本殿は、約180年前(文化年間)に諏訪の名工・立川和四郎が手がけたもので、1999(平成11)年、瀬戸市有形文化財に指定されました。」
拝殿の彫刻です。
文化財は本殿だけなんでしょうか。
深川神社由来3


ここは狛犬がたくさんあるのですが
宝物殿には陶祖・加藤四郎左エ門景正(藤四郎)作の
灰釉(かいゆう)の狛犬があります。
鎌倉時代の作だと言われています。
一時期は国宝だったそうですが、昭和25年重要文化財になったそうです。
約200年前の火災で焼けて一部修復されているからかもしれません。
阿形は盗まれ、今は吽形しかありません。

宝物殿は200円で拝観できます。


陶祖・加藤四郎左エ門景正は東隣、陶彦神社に祀られています。
末社とかではないみたいです。
次は陶彦神社の記事です。


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